安倍晋三元首相の銃撃事件は参院選にどう影響したのだろうか。投開票2日前の惨劇は「民主主義を守れ」と与野党がそろって呼びかける異例の展開をたどった。ただ、選挙結果を分析すると、投票率や自民党への浮揚効果は限定的と言えそうだ。そして、政治的に打撃を受けたのは意外な党だった。
▽政治不信層は反応せず
「もしかしたら比例代表は20議席いくかもしれない」。投開票日前日、ある自民の閣僚経験者は声を潜めながら、「殉職効果」への期待感を漏らしていた。20議席となれば2001年参院選の「小泉旋風」以来だ。
結果は自民大勝。しかし、比例議席は18議席と前回の19年選挙から1議席減った。得票数も約1825万票で3年前の前回参院選と比べて微増(0.94ポイント増)に過ぎなかった。そもそも投票率の反応は鈍かった。選挙区で52・05%と、前回の48・80%を3・25ポイント上回ったものの、その大半は事件前の期日前投票数の上昇に伴うものだ。
共同通信の11、12日の全国緊急電話世論調査で「襲撃事件は投票行動に影響があったかどうか」と尋ねたところ、「影響があった」は15・1%にとどまった。「影響はなかった」は62・5%。投票に行かない「政治不信層」は銃撃に反応しなかった、というのがデータが示す冷徹な分析だ。
▽自民へ保守票回帰
では、悲劇が自民の集票につながらなかったかといえば、そんなことはない。自民関係者は「土曜(9日)の期日前投票の調査をみると、自民への投票が全国で軒並み5ポイント上がった」と明かす。
事件直後に得票は増えたが、全体を見ると得票は前回に比べてそれほど増えなかった―。ここから導き出される得票のありさまについて、安倍派の下村博文会長代理は、奥歯に物が挟まった言い方で説明した。「内閣支持率や自民党支持率が選挙戦中盤でちょっと落ちていたから厳しいかなと(当初思っていた)。結果的には安倍さんの力があったかもしれない。最終日の前の日にこんな形で命を落としたということに対する…。(改選1人区で)負けたのは四つだけ。安倍さんのおかげというところもあるかなと謙虚に考える」(11日夜のBS番組)
つまり、銃撃事件によって保守票が自民に回帰した。それによって、接戦区で自民に軍配が上がった可能性が高いというわけだ。自民幹部は「安倍さんは保守層の要。岸田さんにはリベラルなイメージもあって、日本維新の会に流れそうになっていた保守層の票が、事件で戻ったとみていい」と解説する。あくまでも、投票所に足を運んだ半数程度の有権者の中の票の行き先の変化だ。
選挙終盤は、自民候補の失速が目立っていた。その1人は、東京選挙区(改選数6)の元おニャン子クラブメンバーでの新人生稲晃子氏だ。保守票を引き寄せる維新の候補が迫っていた。安倍氏が事件に見舞われた奈良選挙区の後に遊説する予定だったのは京都選挙区(改選数2)。ここでも元京都市議の新人吉井章氏が、維新の新人と立憲民主党の現職福山哲郎前幹事長に追い上げられていた。
▽中間評価に「下駄を履いた」
維新は今回の参院選で12議席と勢力を拡大した。比例得票数は立憲民主党を上回って約784万票の野党第1党で、前回から5%増えた。だが、銃撃事件がなければ「議席も得票ももっと伸びた」というのが共有されつつある分析だ。政治的に銃撃のあおりを受けたと解釈できる。
松井一郎代表は記者会見で「今回の結果を見れば我々は力不足。負けを認めざるを得ないと思っております」と語った。善戦だとしても、政権を脅かすには至らなかったことを踏まえたのだろう。
▽「保守」と「ネット」
一方の岸田政権。参院選は中間評価と位置付けられたが、思いも寄らない銃撃事件によって「下駄を履いた」ことが「合格」を後押しした。岸田文雄首相が選挙後に憲法改正に力を込めるのも、保守票の動向を踏まえているからだとみられる。
茂木敏充幹事長ら執行部は、集票の分析を急ぐ。「日本は外国勢力に支配され、危機に直面している」との主張を交流サイト(SNS)で拡散させ、社民党やNHK党を上回る比例176万票も集めた参政党に注目している。参院選当日の共同通信社の出口調査によると、18、19歳のうち6・8%が参政党に投票。岸田内閣を「支持しない」と答えた人のうち、20代以下の男性では13・4%が参政党に投票しており、国民民主、立民、維新の各党を上回った。
銃撃事件だけでなく、「保守」と「ネット」も今回の選挙のキーワードとなりそうだ。(共同通信ニュースセンター整理部長・前政治部副部長=杉田雄心)
