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尾崎世界観、『ドラマなふたり』監督と対談“愛する人の過ちを許す”物語の力

映画『ドラマなふたり』クリストファー・ボルグリ監督、尾崎世界観

 ハリウッドの人気俳優ゼンデイヤとロバート・パティンソンが共演する映画『ドラマなふたり』が、公開中だ。“誰もがうらやむ理想のカップル”だったエマとチャーリーが、軽い気持ちで始めた“告白ゲーム”をきっかけに、幸せの絶頂から地獄のウエディングへと突き進んでいく物語だ。

【動画】クリストファー・ボルグリ監督×尾崎世界観、対談映像

 監督・脚本を手がけたのは、『ドリーム・シナリオ』『シック・オブ・マイセルフ』などで知られるノルウェー出身のクリストファー・ボルグリ監督。かねてからボルグリ監督作品のファンだったクリープハイプの尾崎世界観とのオンライン対談が実現し、作品を貫くダークなユーモアや音楽の役割、他者を裁くことへのまなざしについて語り合った。

【尾崎】以前から監督の作品が好きで、すべて観ているのですが、なぜいつもそこまで登場人物に対して冷酷でいられるのでしょうか?また、そこに差し込まれるポップさの加減がとても魅力的だと思います。この辺りのバランスは何か意識されていますか?

【ボルグリ監督】自然に出てくるものなのだと思います。何を面白いと感じ、なぜ笑ってしまうのかを正確に説明するのは難しいですよね。作品のトーンにも、僕自身が興味深い、面白いと感じるものが表れています。基本的に、ユーモアの中に少しダークな要素があるものが好きなんです。

 それは、ノルウェー出身であることも関係しているのかもしれません。一年の半分はほとんど太陽が出ませんし、魔女やトロールにまつわる暗い神話に囲まれて育ちました。子どもの頃からブラックメタルも好きでした。

 そうした環境の中で、闇に慣れた感性が育まれたのでしょう。だから僕のコメディーにも、ダークな要素が多く含まれているのだと思います。

【尾崎】チャーリーが不機嫌になると、エマが音楽をかける場面が気になりました。今作では音楽がある種の“呪い”として描かれていて、楽曲は時として救いにもなるし、毒にもなるんだと、ミュージシャンとしていろいろ考えさせられました。監督にとって、音楽はどのような存在ですか?

【ボルグリ監督】創作表現の中で、人の心や感情に最も直接届くのは、音楽だと思います。とても直感的で純粋な表現だからこそ、音楽を作れる人を少しうらやましく感じます。

 僕にとって、誰かの感情とつながるのは簡単ではありません。でも音楽は、一瞬でとても強く心を動かします。なぜ僕たちが音楽にこれほど本能的に反応するのか。それは、人が夢を見るのと同じくらい謎です。

 映画では、その音楽を使うことができます。この作品では、二人が結婚式で踊る曲を選び、その曲で練習します。二人には“自分たちの曲”があり、その曲にまつわる二人だけの冗談もある。音楽そのものが、二人の関係や物語の一部になっています。

 一方で、劇伴は観客を登場人物の内面や、僕が示したい視点へと導いてくれます。音楽を使うことで、映像や言葉だけでは伝えきれない感情を表現できるんです。僕自身、脚本を書くときにも音楽を聴きます。これまで知らなかった昔の名曲でも、発表されたばかりの新曲でも、常に自分にとって新しい音楽を探しています。純粋に音楽が大好きなんです。

【尾崎】SNS では毎日のように誰かが炎上し、過去の発言など、たった一言を理由に表舞台から姿を消す人もいます。そんな世の中に、『ドラマなふたり』は物語の力で立ち向かっていると感じました。一度のミスも許さない。自分には甘くて、他人には厳しい。この作品には、そんな世の中に対するカウンターの意味も込められていますか?

【ボルグリ監督】まさに、そうしたことを考えたくて映画を作っています。ただ、僕は社会学者でもジャーナリストでもないので、「現代社会はこうだ」と答えを出したいわけではありません。

 映画を作ることは、僕にとって物事を理解するための方法です。人はどんなときに傷つき、なぜ不安になり、なぜ笑うのか。そうした感情を、僕自身も映画を通して確かめたいと思っています。

 僕が描いているのは、自分たちが生きる世界にある出来事や感情です。だから自然と、現代社会の価値観や葛藤も映画に入ってきます。「人はなぜそう考え、行動するのか」と興味を持ちながら、観客と一緒に探っていきたい。大切なのは理屈よりも、その人が何を感じているのかという“感情の真実”だと思います。

 映画を作れば作るほど、テーマを理解するどころか、答えが分からなくなっていきます。だからこそ、人を裁く前に、その人を理解しようと心がけています。聖書には「自分がしてほしいように、他人にも接しなさい」という考え方があります。また、古代ギリシャのストア哲学には「自分には厳しく、人には寛容であれ」という教えがあります。今の社会は、その逆になっている気がします。だから、この映画を通して「人を簡単に裁いてしまっていいのだろうか」と、観客と一緒に考えたかったのです。

【尾崎】映画を観ながら、ずっと自分のことを考えてしまいました。他者と会話をしながら、その反応を通して自分を知っていくように、映画そのものに自分を教えられているような不気味さを感じました。これはこんなにヤバいことだったんだと、過去に悪気もなくやっていたことの深刻さを突きつけられるというか。そんな風に自分のこととして作品を観るのと、ただただ外側からあくまで他人事として楽しむのと、どちらがオススメですか?

【ボルグリ監督】どのような見方をしてもいいと思います。ただ、観客が作品と個人的、感情的につながり、映画と対話を始められたとき、より豊かな体験になります。

 一方的にメッセージを受け取るのではなく、作品から問いを投げかけられる。そのほうが感情的なつながりが生まれ、心に残り続けると思います。

 あなたがこの映画をそのように受け止めてくれたことを、とてもうれしく思います。映画を通して観客とつながることこそ、僕が夢見ていることです。

 僕自身、実生活以上に、映画を通して人間について学んできたように思います。だから、映画から受け取ったものを、今度は自分が作品を通して誰かに返していきたい。個人的で内面的なこと、向き合うのが難しく、公の場ではあまり語られないことを描きたいと思っています。

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